96歳発行人は元満鉄職員 同人誌「作文」、200集に

2010年6月8日15時39分 朝日新聞

 1932年に戦前の旧満州(中国東北部)大連で創刊され、戦争をはさむ長い中断をへて日本で復刊された文芸同人誌「作文」が第200集を刊行した。編集発行人は第2集から参加する元満鉄職員の秋原勝二さん(96)。刊行ペースはゆっくりになったが、今も年2回、出している。

 全3巻の『〈外地〉の日本語文学選』(新宿書房)を編んだ作家の黒川創さんによれば、「作文」は当時の満州で最も活気のあった文芸同人誌だった。満州で書かれた日本語の小説に目を通して黒川さんの印象に残った日向伸夫、高木恭造はともに「作文」の同人だったという。

 同人の多くは満鉄職員で、掲載された小説には文学賞の候補になったり、受賞したりするものもあった。松原一枝さんのようにプロの作家になった人もいる。

 戦時統制により42年に終刊。敗戦で同人の大半は帰国したが、本や雑誌は持ち帰れず、満州で発行された55号のうち現品が確認されているのは、内地の知人に送って保管されていたものなどわずかに17号ぶんしかない。

 生活がようやく落ち着いてきた同人が連絡を取り合い、64年に復刊された。中心にいたのは、満鉄図書館から国会図書館勤務となっていた青木実さん。青木さんが亡くなり、後を継いだ同人も亡くなって、今は秋原さんがひとりで原稿整理から発送までを手がけている。

 200集は記念号で、「作文」同人だった長谷川濬(しゅん)が畦川瞬造名で学生時代に書いた最初の小説が大島幹雄氏により発掘、掲載されている。長谷川濬は、林不忘、牧逸馬などの筆名をもつ作家の長谷川海太郎、画家の●(りん)二郎、作家の四郎の長谷川4兄弟の三男にあたる詩人・作家だ。

 芥川賞候補にもなった吉田紗美子さんを追悼する記事も載っている。今では毎号のように同人の追悼が載る。同人は3人になったが、同人以外からの寄稿もある。

 秋原さんは現在も小説、評論に健筆をふるう。連載「満洲時代の『作文』」は200集で最終回を迎えた。執筆のテーマは故郷喪失だ。「それがどんなに痛いことか」と秋原さん。

 2度、故郷を失った。7歳のとき父に続いて母が死に、兄に連れられ長姉を頼って福島から満州に渡った。満鉄の育成学校にすすみ、誘われて「作文」に参加した。満州で生まれた日本人女性と結婚、自分の故郷と思い定めた土地を、敗戦により命がけで後にせざるをえなかった。

 自分たちが懸命に働き、仲間と文学論をたたかわせた当時の満州と、戦後流布した「満州国」のイメージとの落差は大きかった。「なぜ我々はこんなに嫌われ、継子にされるんじゃろう。そう思っていろいろ調べ始めました」。自分の目に映った満州の姿をこれからも書かなければという思いが、秋原さんに雑誌を続けさせている。(編集委員・佐久間文子)

 ●=さんずいに「隣」のつくり
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by yupukeccha | 2010-06-08 15:39 | 社会  

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