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いまこそ李明博の“政治主導の”経済政策に学べ

竹中平蔵(慶應義塾大学教授)
2010年5月17日 VOICE

波乱万丈の人生を経た「経済大統領」

 ここ最近、韓国経済の強さがひときわ目を引いている。日本企業が世界のマーケットで苦戦を強いられているのを横目に、サムスン電子、現代自動車などの韓国企業は、世界シェアを獲得、拡大を続けている。一方、韓国国内に目を転じれば、2010年度のGDP成長率見通しは5.2%と、当初の予想(4.6%)から大幅に上方修正された。つい先日も韓国国債の格付けが「A1」に引き上げられ、いまや韓国経済は完全に回復基調といっていいだろう。

 なぜ韓国経済は強く、一方で日本経済はこれほど脆弱なのか。一部では、韓国経済が世界金融危機から比較的早く回復したのは、リーマン・ショック後の急激なウォン安によるものだ、という意見もある。しかし昨今、輸出産業が大きく持ち直し、ウォンが上昇傾向にある事実をみれば、為替だけが韓国経済の強さの理由とは考えられない。

 韓国経済の強さを語るうえで欠かせないのは、なによりも現大統領・李明博の政治的リーダーシップであろう。2008年2月に大統領に就任した彼は、韓国を世界の先進国へと押し上げるべく、いち早く「大韓民国747」というスローガンを打ち出した。これは「毎年7%の経済成長、10年で一人当たり所得4万ドル、世界七大大国入り」を達成しようというものだ。いま韓国は、国家が一丸となり、このスローガンの実現をめざしているのである。

 ここで韓国の個々の政策をみる前に、まず李明博大統領はどういった人物なのかを簡単にみておきたい。なぜなら、ここに現在の韓国ならびに彼のリーダーシップの強さのもとがあるからである。

 彼の人生は、まさに波瀾万丈だといっていい。というのは、幼少期は極貧のなかで過ごし、高校時代は日中に働きながら夜間の定時制に通い、さらに自ら学費を貯めることで大学へ進学。大学在学中には民主化運動への参加が原因で獄中に捕らえられるという経験もしている。大学卒業後は現代建設に入社し、ここから彼の躍進が始まるのだが、タイの高速道路建設プロジェクトで成功を収めたのを皮切りに数々の実績をあげ、現代建設会長にまでのぼり詰め、同社を韓国のトップ企業に成長させる。その後、ソウル市長として活躍、2008年2月に韓国大統領に就任する。夢のようなサクセスストーリーであるが、ここに至るまでに乗り越えてきた苦難の数と大きさは、日本の大半の世襲政治家とは比べものにならない。

 李明博が「経済大統領」「国のCEO」などといわれるのは、まさにこのような経歴からだ。そして、民間企業のトップを務めただけのことはあって、物事をきわめてロジカルに考え、政策を確実に実行に移す手腕の持ち主である。実際に会って話すと、じつに紳士的で知的な印象を受けるが、内に秘めたエネルギーは相当なものがある。

 国家の経済成長をなんとしても成し遂げようという意気込みを、私も直に感じ取ったことがある。

 李明博政権発足直後、韓国の未来戦略や公共部門の改革などについて大統領に助言を行なう「大統領国際諮問団」が組織されたのだが、私はそのメンバーの一員として韓国を訪問した。当時、盧武鉉前政権が政府をやたらに大きくしてしまったという反省があり、李明博大統領は、私の語る日本の行政改革、なかでも郵政民営化についてとても熱心に耳を傾けた。大統領直属のスタッフからも「日本の小泉改革を学びたい」といわれたことを印象深く覚えている。

 この大統領国際諮問団は、私のほかに世界各国から集められた経済人15名から成り、委員長はマッキンゼー・アンド・カンパニーのマネージング・ディレクターを務めるドミニック・バートン氏。メンバーとして他に、世界経済フォーラム(WEF)のクラウス・シュワブ会長、米マイクロソフトのビル・ゲイツ会長、シンガポール前首相のゴー・チョクトン氏などが名を連ねていた。もし日本で同様のことを行なえば(つまり政治・政策に関して外国人のアドバイスを受ければ)即「国益に反する」との大批判を受けるであろう。大統領および韓国政府の、諸外国の優れた経済から学ぼうという真剣さに感服したものだ。

 韓国の大統領にはもともと、国民から直接選挙で選ばれたという強みがある。加えて、大統領の任期は5年間で再選はないため、限られた期間内に成果を出すべく強いリーダーシップで政策が実行に移される。そのため韓国では、たとえばアメリカで長年にわたって研究生活を送って帰国した専門家をいきなり副大臣クラスに抜擢するなど、日本では考えられないような人事が日常のこととして行なわれる。

 李明博大統領も就任当初から、優秀だと判断した人材を即座に重要ポストに起用する人事を行なっている。

 一例を挙げれば、李明博大統領は就任してまもなく、韓昇洙という人物を国務総理(日本でいう首相)に起用した。韓氏は、盧泰愚政権で商工部長官、金泳三政権で駐米大使などの要職を歴任したほか、国連総会議長を務めた経験をもつ。長年ソウル大学の教授を務め、ハーバード大学でも講義を行なうなど学問的にもエキスパートだ。まさに実績を重んずる李明博大統領の「実用主義」人事の真骨頂であった。

 日本においては、リーダーが責任をもって意思決定を行なうことはまれである。いまだ選挙の論功行賞や当選回数を基準にして人事が行なわれており、専門家ではない人物が担当大臣に任命されるという愚行が繰り返されている。加えて日本では、「いま何をなすべきか」を議論する以前に、まずは政治家たちがお互いの顔色を窺うばかりで、政策が一向に前進しない。

 それに比べ、李明博大統領は自分の信頼する有能なスタッフに全権を与えており、スピーディーで柔軟な経済運営が可能となる。そして、専門家として鍛え上げられた能力を生かして、近年の国際会議の場での発信力は非常に強く、韓国の立場をはっきり主張する。

 こういった手法は、一見すると権力集中型の意思決定システムのようだが、私にはこれこそ真の「政治主導」のように思える。

グローバル競争に勝てるマニフェストとは?

 李明博政権の下、その「政治主導」によっていま急速に推し進められているのが「グローバル化」、つまりグローバル競争に勝ち残るための国づくりである。

 李明博政権は、その一連の政策を大統領選挙のマニフェスト策定から練り上げてきたが、その作成プロセスからして日本とは大きく異なっている。李明博がマニフェスト作成に取り掛かったのは、自身が大統領候補になると決まった直後の2007年9月からだが、そのとき彼は、約400名もの専門家を民間から集めた。そして政策に関して数々のアイディアを出させ、各々を切磋琢磨させるなかで政策を磨き上げたのである。

 ゆえに、出来上がったマニフェストは、政策を熟知したプロフェッショナルが作成したことが一目でわかる内容となっている。日本の民主党の生煮えのマニフェストなどとは訳が違う。

 では、そのマニフェストはどういった内容か。ここでは、韓国がグローバル競争で勝ち残る要因となったであろう箇所をかいつまんで紹介する(参考文献:ハンナラ党編『李明博政権の韓国マニフェスト』/アスペクト刊)。

 まずもっとも注目すべきは「世界最高の企業環境づくり」と称して、あらゆる分野で大規模な規制緩和を唱えている点である。盧武鉉政権下の規制強化こそが成長を鈍化させたという反省から、「国内企業が投資意欲を取り戻して経済成長を導くことができるように規制の撤廃、税率の引き下げ、企業関連サービスのグローバル・スタンダード化、労使関係の法制化を推進」することを明言している。具体的には、「アメリカや日本など、競争先進国にはない規制は撤廃」し、「独寡占規制と公正競争のための規制へ転換」すること、また「規制システムは、現行の『原則禁止・例外許容』(ポジティブ規制)から『原則許容・例外禁止』(ネガティブ規制)に転換」させ、「規制を存続させる場合にもグローバル・スタンダードに合わせるように改善」するなどである。規制を適用する際は、「担当者や適用時期、環境に影響されない」よう規制手続きをマニュアル化し、さらに「当初の規制の趣旨がなくなったり、効果が減ったりした場合、迅速に規制が廃止されるよう、一定の期間後に自動的に規制を消滅させる『サンセット』を実施」するとしている。

 また「法人税を競争国水準(20%)に引き下げ、税額控除を拡大」し、「金融、会計、法律などの企業関連サービス業の開発とグローバル・スタンダード化」を進め、国内外の企業が安定して経営できる環境を整える。また「外国企業が国内で活発な企業活動ができるようにするために、国際語である英語が通じる環境を作るだけでなく、国際学校の開設や居住施設の用意」をするなど、外国人にも配慮した環境整備も進めるとしている。

 金融分野においても、大規模な規制緩和を唱え、北東アジアのハブになることをめざしている。金融産業の競争力強化のために、現在の過度の規制と専門家の不足という課題を克服すべく、規制緩和と青年時の金融教育強化・専門機関の拡充を通じて専門家を養成することを掲げている。さらに「外為取引の完全自由化を最大限繰り上げて施行し、外国にはない様々な金融規制を果敢に撤廃または緩和」する。また外国投資の活性化のために「北東アジアの金融・物流・サービス産業のハブとして育成」し、「関連規制を刷新して、国際水準の企業環境を作り、国内産業の発展とともに、外国のサービス企業が韓国に来る」ようにする。

 FTA(自由貿易協定)の推進も大きな柱の一つに掲げている。「我が国の貿易規模は、現在(2008年)の7000億ドルから2012年には1.2兆ドル以上に拡大する見込み」で、「企業は海外市場のネットワークを強化して市場開拓に努力し、(中略)国際的な通商を強化して新たな市場の開拓と通商摩擦を最小化する」。韓国はすでに米国とは2007年にFTAを締結済みだが、現在、EUとも仮締結を終え、さらに中国・インド・ロシアとも締結に向けた交渉を進めており、着実に政策実現に向けて前進している。

「新しい成長の原動力の発掘と育成」も面白い。技術力の高い日本と低コストを武器にする中国のあいだにある自国の状況を「サンドイッチコリア」と呼び、現状を打破すべく、環境、最先端エネルギー産業、先端保健医療産業など、高付加価値の産業を掘り起こし、支援するとしている。そして「世界最強のIT産業を背景に、IT融合技術を利用した成長の原動力となる産業を育成し、国の経済の牽引車の役目を果たす」ようにするため、「政府は、研究開発の投資をGDPの5%に拡大するために、R&D投資に対する予算支出の拡大とともに、研究開発資金に対する税額控除を7%から10%に拡大」する旨を打ち出している。

 教育政策では、「グローバル青年リーダー10万人養成」を掲げ、「5年間で3万人の大学生らを先進国の職業現場に派遣して、実務経験を積ませる」「韓国国際協力団(KOICA)の海外ボランティア要員のプログラムを青年中心の海外ボランティアに改編して、現在毎年1000人程度のボランティアを5年間で2万人に拡大」「現在年間1000~2000人程度の海外就業者を5年間で5万人程度まで拡大」するとの具体的数字も掲げている。

他国より飛び抜けて優れた政策ではない

 教育に関しては、私が韓国で直接聞いた、非常に印象的なエピソードがある。いま韓国の高所得者層の家庭では、子供が小学生のときからアメリカに留学させるという。すると、母親も子供と一緒に渡米するため、韓国内で単身で暮らす父親が増え、それが社会問題になっているというのだ。子供が幼いころから家族がバラバラに離れて暮らすのはよいことだとは思わないが、逆にいえば韓国は個々の家庭においても、グローバル競争で生き残ろうと必死に取り組んでいる、ということなのだ。

 勘違いしてはならないのは、ここまで述べた韓国の政策が、他国に比べ飛び抜けて優れているわけではない、ということだ。

 たとえば、現在、韓国における法人税率は27.4%である。これは、他の先進国より特別に低いわけではない(たとえばイギリスは28%、ドイツは約30%、米国と日本は約40%)。「人並みに低い」程度である。韓国の事例は、国が当たり前の政策を当たり前にしっかりと行なうことこそが重要だということを示しているにすぎない。むしろ当たり前のことを行なわない日本のほうが、自ら自分の首を絞めているのである。

 韓国は、グローバリゼーションに臨む姿勢が、日本とはまるで違っている。韓国が世界の勝ち組国家になりつつある背景には、そういった切迫感から生み出される政策が確実に実を結んでいるからなのである。

 韓国がここまで前面にグローバル化を推し進めるのは、その歴史と、韓国の置かれた地政学上の位置によるところが大きい。

 かつて欧米先進国に遅れて近代化を成し遂げた韓国は、限られたリソースを財閥に集中投下した。財閥系企業が急成長を遂げることで、韓国経済を牽引してきたのだ。しかし、1997年のアジア通貨危機によって韓国はデフォルト寸前まで追い込まれ、IMF(国際通貨基金)の管理下に置かれるという窮地に陥る。このとき各財閥が抱えていた銀行がことごとく経営破綻し、従来の成長モデルが一気に崩れてしまったのだ。グローバリゼーションに呑み込まれる恐ろしさを、身をもって体験したのである。

 また韓国は、つねに日本と中国という二つの大国に挟まれ、さらに政情不安定な北朝鮮と国境を接するという場所に位置する。周辺諸国との軋轢のなかで、自国が木の葉のように揺れ動く弱い存在であることを、痛感せざるをえなかった。

 国内マーケットがさほど大きくない韓国は、積極的に世界に打って出て、そこでの競争に勝ち抜かなければ、国家そのものが滅んでしまう。グローバル競争に勝ち残ることは、まさに国家の存亡を懸けた戦いなのである。

 最近の韓国をみていると、李明博大統領がめざす国づくりの姿勢が国内に浸透し、徐々にあらゆる場面で現れてきているように思える。たとえば韓国企業の代表格・サムスン電子では、課長に昇格する条件としてTOEICで920点を取ることが必須となっている。国のリーダーが「グローバリゼーションのなかで勝ち抜いていこう」という明確なメッセージを発したことで、韓国国民や企業のマインドセットも、同じ方向に向かっている。

「日本はアジアのリーダー」という思い込みを廃せ

 片や日本はグローバリゼーションを舐めてかかった結果、いまやグローバル競争の劣等生となっている。日本の英語教育からしてアジア諸国内でも最下位レベルであり、「IT革命」も「韓国に追いつけ、追い越せ」が実態であった。

 日本人はいまだに自分たちが「アジアのリーダー」だと思い込んでいる。最新のトレンドやビジネスモデルは日本で生まれ、それが台湾や韓国に伝わり、中国もその後を追っているという、いわゆる「雁行形態」の幻想を抱きつづけている。また、いまだに市場主義やグローバリゼーションを悪と見なして、「日本には日本のよさがある。すべてを昔に戻せば、従来の住みよい社会が復活する」とする意見さえある。これはとんでもない思い違いであることを、早く認識すべきだ。

 韓国の人間と議論をするとわかるが、彼らは日本のことを非常によく知っている。そしていまもなお、日本から学ぼうとする姿勢が感じられる。韓国経済のほうが好調ないま、強いて日本に学ぶことはないのではないかと思うが、決まって彼らは「韓国はまだ駄目だ」というのだ。彼らのひた向きな向上心と謙虚さが、韓国のグローバル化を進める大きな力となっているのだろう。中国という隣国が年率10%の経済成長を遂げているにもかかわらず、そこから何かを学ぼうとしない日本とは正反対である。

 韓国という国は、トップが強いリーダーシップを発揮しないと、国そのものがもたない。グローバリゼーションを受け入れ、それに対処し、諸外国と伍することでしか生き残ってはいけない。逆にそれを至上命題として受け入れたからこそ、いまの韓国の姿がある。

 現在の日本は政治のリーダーシップが完全に失われ、民間企業が血の滲むような努力をすることによって、辛うじて「経済大国」の地位を守っている。これはある意味で「強い経済」をもっているともいえるが、それはまったくのアイロニーである。

 世界中のどこを見渡しても、国力が弱くてもかまわないと思っている国などない。どの国も、自国の発展を願い、政治がリーダーシップを発揮して努力を重ねている。その意味で、日本ははたして「普通の国」だといえるだろうか。

 繰り返すが、世界同時不況による深刻な経済低迷から見事に回復を遂げた韓国は、なにも特別な政策を実行してきたわけではない。当たり前のことを、当たり前に行なっているだけだ。言い換えれば、当たり前の政策をきちんと行なっている韓国と、無為無策を続けてきた日本の差が、いま両国の経済の命運を分けたのである。

 グローバリゼーションは、すでに「チョイス」の問題ではなく「ファクト」である。鳩山総理は従来から東アジア共同体を主張し、「開かれた国益」などと発言しているが、目標もそこに至るプロセスも、いまだ不透明である。世界のなかで、日本が今後どうやって生きていくのかというビジョンを、鳩山政権は早急に国民に対して示さなければ、このまま日本はますます世界から取り残されるだけであろう。

by yupukeccha | 2010-05-17 07:05 | アジア・大洋州  

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