【邂逅 カルチャー時評】四方田犬彦 酒井法子氏を擁護する

2009.9.13 07:56 産経新聞

 タレントの酒井法子氏が覚醒(かくせい)剤を所持していたことから起訴され、もう数週間になろうとしている。才色兼備のうえに富裕な生活、理想的なお母さんを演じてきたアイドルは、一夜にして犯罪者の汚辱に塗れた。久しぶりに出現した「堕(お)ちた偶像」に、メディアも大衆も我(われ)を忘れて興奮している。

 だが待てよと、わたしはいいたい。なるほどある種の薬物の使用は現下の日本の法律では許可されていない。厳然たる悪である。だがその悪としての側面を強調し、大義名分さえ踏まえていれば何をどう叩(たた)いてもかまわないと面白がるメディアの姿勢には、疑問がないわけではない。敗戦直後の田中英光や坂口安吾といった文学者は、ヒロポンやアドルムを常用しながら敗戦の絶望感を克服して、戦後文学に残る記念碑的な小説を書き上げた。覚醒剤を絶対の悪と見なすなら、彼らの業績を「国文学界」は全否定しなければなるまい。欠損家庭に育ち、過剰なストレスのなかを生き延びてきた酒井容疑者が、虚像とはいえ理想的な人生を構築してきたことには、もう少し共感の眼差(まなざ)しが寄せられてもいいのではないか。

 美空ひばりもミック・ジャガーも、彼女よりもはるかに巨大な醜聞に晒(さら)され、それを克服してカリスマ的な威光を得た。近いところでは荻野目慶子も、情痴事件に巻き込まれた後、前衛舞踏家の笠井叡と共演したり、足立正生のフィルムに出演して芸域を拡げ、独自の存在になりつつある。かくなる上はのりピーも愛称を「悪ピー」と変え、若松孝二や瀬々敬久の映画で主演するくらいに開き直ってほしいと思う。芸能界とは鶴屋南北の時代から、悪をめぐる魅惑によって成り立ってきたのだから。(明治学院大学教授)
[PR]

by yupukeccha | 2009-09-13 07:56 | 社会  

<< タイ、モン族「難民」をラオスへ... 高速道路無料化、経済効果再試算... >>