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“パラオの父”死去 日本軍玉砕のペリリュー島で遺骨収集や慰霊に尽力

2008.11.3 21:17 産経新聞

 太平洋戦争末期に日本軍1万人以上が玉砕したパラオ共和国のペリリュー島で、戦没者の遺骨収集や慰霊活動の支援に尽力してきた現地の有力者、シゲオ・テオン(日本名・庄子茂夫)さんが先月21日、88歳で亡くなり、今月2日に葬儀が行われた。日本人から“パラオの父”と慕われたシゲオさんの死を悼み、戦友会などの関係者が年明けにも訪問団を結成してパラオに墓参する予定だ。

 シゲオさんは、戦前にパラオに移住した仙台市出身の両親の間に生まれた日系2世。東京・八丈島の船大工を父に持ち、7年前に亡くなった妻のトヨミ・オキヤマ(日本名・沖山豊美)さんとともに、長年にわたり遺骨収集をめぐる現地政府との折衝に奔走する一方、慰霊に訪れた帰還兵や遺族を温かく迎え入れてきた。

 ペリリュー島の遺骨や遺品は、危険な陣地跡や洞窟(どうくつ)などに散在しているうえ、パラオ政府やペリリュー州は許可なく触れたり、持ち出したりすることを禁止している。収集活動の障害を取り除くため、シゲオさん夫妻は、息子で現ペリリュー島酋長(しゅうちょう)のオバック・イサオさん(70)と家族一丸となって、現地政府や有力者と熱心な交渉を重ねた。

 これまでに政府や戦友会などが約7600柱の遺骨を日本へ持ち帰っているが、3人の努力があってこそのもの。まだ約2600柱が眠っているとされ、シゲオさんが亡くなったことで、現地の大きな支えを失った形だ。

シゲオさんは生前、ペリリュー島で戦死した英霊を慰める歌を日本語でつづり、日本の遺族会に贈ったこともあった。シゲオさんを知る関係者は「年をとり元気がなくなっても、日本人が訪ねてくるだけで大喜びしていた」と振り返った。

 また、ペリリュー島守備隊の中核を担った水戸歩兵第2連隊の戦友会や遺族会でつくる「水戸歩二会・ペリリュー島慰霊会」事務局長の影山幸雄さん(63)は、「2人がいなければ遺骨収集の道は開けなかった。笑顔と、花の首飾りで歓迎してくれたことを思いだす」と話した。

 影山さんは来年1月をめどに、パラオを訪れて“恩返し”の墓参を計画。全国の関係者に訪問団への参加を呼びかけている。問い合わせは、(電)029・227・1515(同会事務局)。
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by yupukeccha | 2008-11-03 21:17 | アジア・大洋州