反日デモの中国人と、秋葉原デモのネトウヨは、「グローバル化からズリ落ちている」点では同じ種類の人間

週刊SPA 11/2・11/9合併号 151ページ 「第一次世代大戦」城繁幸氏

 今の僕の住所は中央区の築地市場の近くで、まあそこそこ良い住環境で、たまに有名人とばったり会ったりもする。 六本木ほどの派手さはないが、落ち着いた暮らしやすいエリアといえる。最近気づいたのだが、この辺の高級スーパーで買い物をし、リバーサイドを散歩する人の中には、意外と中国人が多い。なんでも中国の富裕層にとって、銀座にも近いこのエリアのマンションは、滞在用の不動産として人気が高いのだそうだ。

 一方で、逆に上海や北京に拠点を移す日本人ビジネスマンも少なくない。知人の経営者には「21世紀は中国の時代だ」とばかりに、日本の会社をすべて畳んで上海に移住した人もいる。政治リスクはあるものの、広大なマーケットを誇る中国はビジネスマンにとっては十分魅力的なのだ。

 もちろん、こういった流れは氷山の一角にすぎない。東アジアを中心に、グローバルな経済統合はもっともっと大規模に、そして着実に進んでいる。これはとても素晴らしいことだ。少子化で年々減っていく日本人に代わって、彼ら新興国の需要は、日本経済を潤してくれるだろう。

 一方で、日中関係はすべてが順風満帆なことばかりでもない。四川では日系スーパーがデモ隊に襲われ、秋葉原では中国人観光客向けセールに力を入れるオノデンやサトームセンにデモ隊が集った。お互い、尖閣列島をめぐるトラブルが発端となり、感情的な行き違いに発展したものだ。一見、今の両国の間には、まったく異なる二つの流れが混在しているように見える。果たして、どちらが日中関係の真の姿を表しているのだろうか。

■「グローバル化」からズリ落ちる日本人も

 結論からいうと、どちらがよい悪いという問題ではない(自国民が働いている経済活動拠点にデモを仕掛けるのはどうかと思うが)。どちらも現実に存在しているし、これからも存在し続けるだろう。ただ、“国”の概念はガラリと変わることになる。例えば、日本の不動産を買い、銀座でショッピングを楽しむ中国人と、上海に会社を移す日本人ビジネスマンは、経済のメインストリームに属し、同じような価値観を共有している“同志”といえる。

 逆に、四川や秋葉原で商店にデモして喜んでいる人たち同士も、(仲良しにはなれないかもしれないが)本質的にはまったく同じ種類の人間だ。要するに、国を跨ぐ形で新たなグループが形成されつつあるわけだ。これこそグローバル化の本質である。

 「グローバル化」というと、グローバルに活躍することだけが注目されがちだが、それは同時に、グローバル化から落ちる人間が出現することも意味している。20世紀後半、多くの日本人がボーッとしていても一億総中流と呼ばれるほど豊かで安定した暮らしを送ることができたが、21世紀は違う。我々が独占してきた「豊かで安定したステージ」には、さまざまな国の人たちが上がってきて、少なくない数の日本人がズリ落ちるだろう。

 留意すべき点は、この流れは誰にも止められないということだ。我々にできることは、豊かなステージに残れるように、 一生懸命努力することだけである。

 わざわざ日本にやってきてくれたお客さんとの商売を邪魔して喜んでいるような人たちが、そういう努力をまったくしていない
ことだけは確実だろう。

■今週の採点

四川省デモの中国人 -10点
秋葉原デモのネトウヨ -15点

 まあこの人たちは基本、同類なのだけど、しっかりした社会インフラや表現の自由がありつつ同程度のことしかできない ネトウヨのほうが程度が低い。デモがしたいなら、政府相手にすればいい。堅気で働いている人間の足を引っ張るな。
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by yupukeccha | 2010-10-27 09:00 | 社会  

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