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「ザ・コーヴ」にみる ドキュメンタリー 単純化の功罪

2010年7月20日 朝日新聞

 和歌山県太地町のイルカ漁を批判する米国のドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」が東京、大阪などで公開されている。「反日的だ」として保守系団体が上映反対を表明。上映が危ぶまれたが、各劇場には観客が詰めかけている。

 それにしても、保守系団体のやり方は間違っている。表現の自由の侵害という意味ではない。作品を見た日本人の多くがむしろナショナリズムをかき立てられている。「外国人が日本の文化に口を挟むな」というわけだ。保守系団体としては上映を推進した方が得策ではないだろうか。

 この映画を見て思い出すのは「インディ・ジョーンズ」シリーズだ。太地町に乗り込む動物保護活動家のリック・オバリーさんは、秘儀を行う未開人のコミュニティーにやって来るハリソン・フォードそのもの。この構図の原点はもちろん西部劇にある。

 もう少しクールな観客からは「娯楽作としては良く出来ている」という感想も耳にする。確かにヒーローの側にいる観客には面白かろう。しかし、未開人とされた側は心穏やかではいられない。西洋人による文化帝国主義のにおいがぷんぷんする。

 映画を見る限り、ルイ・シホヨス監督らスタッフが太地町の漁民と突っ込んだ話し合いをした形跡はない。なぜイルカ漁を続けるのかを、探ろうともしていない。最初から最後まで太地町の漁業関係者を悪者だと決めつけている。

 娯楽作として面白いのは、善悪が明快だからである。ドキュメンタリーとは、複雑な世界を少しでも知ろうとカメラを回す営みだ、と私は認識していたが、米国のドキュメンタリーは今、世界を単純化して感情に訴えることで注目されている。こうしたシンプル・ドキュメンタリーの旗手がマイケル・ムーア監督だ。

 彼は常に一方の側から他方を糾弾する。銃規制に反対する人々をヤリ玉に挙げた「ボウリング・フォー・コロンバイン」がアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を、ブッシュ大統領を徹底的にコケにした「華氏911」ではカンヌ国際映画祭最高賞を受けた。シンプル・ドキュメンタリーが評価される時代なのだ。

 「スーパーサイズ・ミー」(モーガン・スパーロック監督)というアカデミー賞候補作もあった。ファストフードだけを1カ月食べ続けて身体に表れる変化を追った作品。どんな食品でも、同じ物を食べ続けたらどこか変調をきたすだろうなと思ったものだ。

 これらの作品は日本でも好意的に受け入れられた。それは、敵方が大企業だったり大統領だったり、日本の観客にとっても敵方として違和感のない存在だったせいだ。今回は自分たちが敵方に回っただけである。もしムーアの「キャピタリズム」を大銀行の幹部が見たら、反省して心を入れ替えるだろうか。シンプル・ドキュメンタリーは両刃の剣なのだ。(石飛徳樹)

by yupukeccha | 2010-07-20 15:00 | 社会  

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