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佐藤優が分析する「インテリジェンスと陰謀論」の境界線

「偽りの物語」に踊らされれるな!
2009年3月18日19時46分 日刊サイゾー 取材・文=李策

 偽情報で暴走したアメリカ、差別を助長する反ユダヤ主義......人はなぜ陰謀論にハマってしまうのだろうか? 私たちの目に見えない国際舞台の水面下ではいったい何が起こっているのだろうか?

 もはや説明不要であろう、情報分析のプロフェッショナル・佐藤優氏に陰謀論が生まれる過程と、そこに潜む危険性を解説してもらった。

──まずは陰謀論について、基本的な認識からお聞かせください。

佐藤 私は大きな枠組みにおいては、陰謀論的なものの見方を否定しません。「ある出来事の裏に、特定の意図の下に結集した、特定の人的ネットワークの動きがあるのではないか?」と疑うこと自体は必要です。

 例えば、日本の外務省には東西冷戦後、3つの潮流ができました。親米主義とアジア主義、地政学主義です。それぞれの潮流に属する外交官たちは当然、自分の信じる方向に外交を動かそうとする。その潮流が時代とマッチして、力のある政治家や経済人をリクルートした時には、ある幅において、その外交官たちの意図が実現するということはある。このこと自体は陰謀ではありませんが、「見えないところに、見えない動き」があると理解することは、情報リテラシーの上でも必要なことでしょう。

 しかし「ユダヤ人が世界征服を企んでいる」だとか、「世界はロスチャイルド対ロックフェラーの構図で動いている」だとか、そのようなたぐいの話は、決めつけから発した"偽りの物語"にすぎません。

──私たちジャーナリストも取材を始める際、自分なりの「仮説」を立てて取り組む場合がよくあります。その段階では決め付けに過ぎません。それを検証せずに表に出せば、一種の陰謀論になってしまいますよね。

佐藤 そうですね。インテリジェンスにも「最悪情勢分析」という手法があります。CIAのような諜報機関にも、はたから見たら「陰謀論者じゃないのか?」と思えるような分析官が2割ぐらいはいるんです。

 普通の分析官は、分析対象に関する大量のデータをさまざまなパターンで関連付けて、複数の予測を併記します。しかし2割の「陰謀論者」は、それをしない。極端な要素、極端な関係者を抽出して結びつけ、予想し得る中で最も"極端なシナリオ"だけを考えるんです。そうすることで、ほかの分析官とか諜報機関の幹部は、最悪の事態に対する心構えができる。その心構えをもって、客観的な分析作業に取り組めばいいわけです。

 この場合重要なのは、いくら極端なシナリオであっても、客観情報に基づいていることです。客観情報とは、当事者や第三者、マスメディアが発表した公開情報などです。

 ただ、情報を精査してやっているつもりでも、重視すべき情報が排除されてしまって、あえて組み立てた「極端なシナリオ」が暴走してしまうこともあります。その典型例が、アメリカを対イラク開戦に向けて突っ走らせた、「カーブボール」【註】の一件です。

──仮説を否定できない心理に陥ってしまうわけですね。

佐藤 諜報機関も役所であり、そこで働くスタッフは官僚です。官僚にとって最大の職業的関心は何かといえば、出世にほかなりません。自分の出世に都合のいいように情報を選択し、結果的に事実関係をも捻じ曲げてしまう。つまり、無意識のうちに「物語」を作ってしまうんです。

 つまるところ、陰謀論というのは、こうして「物語」を作ってしまう人間の習性から出てくるんじゃないかと思います。

●核心にアクセスできない二級エリートたちの罪

──では、「物語」の作り手に、共通した特徴があるとすれば、それはなんでしょうか?

佐藤 一概には言えませんが、"二級のエリート"に多いのではないか、という気はしています。ものごとの舞台裏をある程度はうかがうことができるのだけど、核心情報にはアクセスできない。そこで真実を知って納得したいという欲求を満たすため、「こうであるはずだ」という結論へショートカットしてしまう。

──ショートカットというのはつまり、検証の省略ということですか?

佐藤 省略の場合もあれば、回避や怠慢の場合もあると思います。今の世の中、私たちの身の回りには、膨大な情報と知識があります。教育を受けているから、論理的な思考もできる。その気になれば、疑問点をひとつひとつ丁寧に詰めていくことはできるんです。ところが場合によっては、相当な時間がかかることがある。労力もかかるし、面倒くさくなる。そうすると、「自分が理解できない問題について、誰か専門家が簡単明瞭に説明してくれるだろう」という順応の気構えができてしまうんです。そういうところに、陰謀論の付け入る隙がある。

──情報化が進んでも、陰謀論の勢いが衰えないわけですね。

佐藤 それと、陰謀論が勢いを増すのは、やはり社会が不安に覆われる時なんです。

 不安を突き詰めていくと「死」に行き当たります。そしてそれは、必ずしも個人の死だけを意味するわけではない。経済システムは、景気循環を繰り返しているように思えますが、たまに急停止することがあります。私たちは普段、気にしていないけれども、カネと商品には非対称性があるんです。一定のカネがあれば、それでいつでも商品を買うことはできるけれども、商品がいつもカネになるとは限りませんよね。不況になると、人はこのことに気づき、不安に襲われる。なぜならば行き着く先に、恐慌という"経済システムの死"が見えるからです。

 今が、まさにそういう時でしょう。最近の世界経済危機の中で、派遣切りの問題が浮上し、正規社員の人たちも「明日はわが身」という不安を感じだした。すると、「自分の落ち度でそうなったんじゃない。しかし、なぜなのかはわからない。誰か説明してくれ!」となる。そんな欲求が強まっている時代だと思います。

●差別に繋がる陰謀論 十分に警戒すべき

──21世紀になって登場した陰謀論の多くは、アメリカが"主役"になっているように思えますが、その点はいかがでしょうか?

佐藤 スーパーパワーとして突出した存在だからかもしれませんが、アメリカがキーワードとして語られる場合、陰謀論というより、「帝国主義論」というオモテの議論になっているように思えます。

 むしろ陰謀論の標的になっているのは、アメリカの中の「ユダヤ」でしょう。すべては、ユダヤ人が世界征服をもくろんでいるという、「シオン賢者の議定書」【註】の焼き直しですね。陰謀論は往々にして、こうした少数者差別を含んでいます。その点は、徹底的に警戒すべきでしょう。

──では、最後に、陰謀論に踊らされないために、気をつけるべきポイントを教えてください。

佐藤 「わからない」という状態に耐える力が必要ですね。自分が何をわかっていないのか、それを直視することが物事を知る第一歩です。

 それから、良質な文学を読むことは、陰謀論への抵抗力をつけるのにうってつけです。なぜなら文学とショートカットは相容れないですから。物語を途中で端折った面白い小説なんかありませんよね。陰謀論というのは推定有罪、すなわち結論ありきですから、論理の崩れや仕掛けの稚拙さが目立つんです。優れた文学をたくさん読み込んでいれば、バカバカしくて付き合えないと思えますよ。

【註】ドイツに亡命後、同国の情報機関を通じ、「イラク政府はトレーラー型の生物兵器工場を運用している」という虚偽情報をCIAにもたらしたイラク人男性のコードネーム。アメリカはこの情報を最大の根拠に、国連などの制止を振り切ってイラク戦争に踏み切った。

【註】20世紀初頭、「ユダヤ人長老たちによる世界征服計画書」という触れ込みで広まった会話形式の文書。ロシア帝国秘密警察(オフラーナ)が、帝国政府への民衆の不満を反ユダヤ感情に向けさせるために捏造したとされる。

by yupukeccha | 2009-03-18 19:46 | 社会  

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